中学生の頃、私はそんな言葉を書きました。当時、どんな未来を思い描いていたのか。今振り返ると、少し照れくさくもあり、あの頃の自分の思いを確かめたくもなります。
あれから長い時間が過ぎました。選んだ道も、選ばなかった道もあります。「あのとき、こうしていれば」と思うこともあります。
今、中学生の私に「後悔のない人生を歩めていますか」と聞かれたら、何と答えるでしょうか。これまでの経験を振り返りながら、あの頃に書いた言葉の意味と、これからどう生きていきたいかを考えてみます。
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「後悔のない人生を歩みたい」と書いた中学生の私へ
中学生の頃、私は「後悔のない人生を歩みたい」と書いた。
あれは、どんな目的で、誰向けに書いたのか記憶は曖昧です。
ただ、強烈に後悔を抱えて生きる大人、人生だけは歩みたくないという強い思いがあったことを記憶しています。
まだ、10代前半の私が生意気なことを考えていたものだと思いますが、大人たちは苦笑いをして、その文章を読み、具体的な感想やフィードバックをくれた記憶はありません。
当時の自分が、どこまで「人生」や「後悔」を理解していたのかはわからない。それでも、その言葉を選んだことには、自分なりの思いがあったのだろう。
あれから長い時間が過ぎた。
今、あの頃の自分に「後悔のない人生を歩めていますか」と聞かれたら、私は何と答えるだろう。
少し考えてしまう。後悔したことはあるし、今でも「あのとき、こうしていれば」と思うことはある。
ただ、あの頃に書いた言葉は、今も自分に問いかけてくる。
中学生の私は、どんな人生を思い描いていたのか
「後悔のない人生を歩みたい」
その言葉には、やりたいことをやりたい、自分の可能性を試したいという気持ちがあったのかもしれない。あるいは、失敗したくない、間違った道を選びたくないという思いもあったのだろうか。
あの頃、自分としてはできることにはなんでもチャレンジしたし、失敗をしても、それを糧に前に進めるだけのチャレンジ精神とパワーがありました。
下手だったから野球部でレギュラーにはなれなくても、全力でチームを支えたし、問題のある中学校が変化を遂げる時代に生徒会長として、学校を盛り立てた自負と、内申点という邪な気持ちを持っていました。
ある意味、大人の目線、考えがある程度理解できた中学生だったので、何を伝えれば相手が喜ぶのか、こちらの意図を汲み取ってくれるのかが想像できていたように思えます。
あざといというか、良い子の部類なのでしょう。
だからこそ、その時の自分は、人生の大きな夢や目標を掲げてなくても
「後悔のない人生を歩みたい」
という言葉を公言できたのだと思います。
何者になりたい、これを成し遂げるという具体的なものを持っていなくても、自分は、結局、後悔しない人生を歩むのだという決意があったとも感じます。
中学生の頃は、まだ経験していないことが多かった。進学、仕事、人間関係、家族との暮らし。これから何を選び、何に悩むのかも、正直言って具体的には何も見えていなかった。
だからこそ、未来に向けてまっすぐな言葉を書けたのだと思う。
今の私は、その言葉を少し照れくさく感じながらも、簡単に片づけたくはない。当時の自分が大切にしようとしたものが、そこに残っている気がするからだ。
実際に生きてみると、後悔することもあった
人生を歩んでいくと、思いどおりにならないことがある。
自分で選んだのに、うまくいかなかったこと。迷っているうちに、機会を逃してしまったこと。言おうと思っていた言葉を、伝えられなかったこと。
人生の分岐点 その1 就職先
一浪して大学に入り、楽しい日々を過ごしていた先に待ち受けていたの就職活動。
公務員か、民間かの選択において、行政の方と社会調査で関わって、自分には公務員で一生を終えるのはつまらないと感じたので、民間を選択。
とはいうものの、どうしてもこれをやりたいという強い希望や野望がない私からすると、どんな会社に就職すればいいのか、全く想像ができなかった。
そこで、私は業界研究と自分の適性を踏まえた自己分析の結果、とりあえず営業職(文系としたは、ここがスタートラインだろうと思われた時代)につくと決めました。
そんな就職活動なのに、相手(企業の人事や経営者)が気に入るような自分を見せていたので、内定だけはたくさんもらえたのです。
1社にしか入社できないのに。
その1社の選択が正しかったのかどうか、後悔はしてませんが、もし別の選択肢としての企業eたに入っていたら、どんな人生をその後歩んだのか、考えてみたくなります。
人生の分岐点 その2 キャリア選択
営業からマーケティングや支援業務に移り、その後、私にとって、大事なキャリア選択が迫られた30歳ごろの話。
因果な展開で、情報システム部の部長に気に入られて、非エンジニアな私に、PMOとしてのキャリアを勧めてくれました。
一方、その前の部門のマネージャーから、全国を取りまとめるマーケティング要素のある役割・業務への打診がありました。
どちらが魅力的なのか、どちらを選ぶのが良いのか。
だいぶ悩みました。
PMOを選んでいたら、今の私は、全然違うキャリアや人生を歩んでいたことが想像できます。
後悔ではなく、あの選択の反対側を生きる自分がいたら、パラレルワールドがあったら、どうなっていたのか。
大成功したかもしれないし、早々に挫折したかもしれません。
人生の分岐点 その3 家を買うか、賃貸に住むか
仕事以外にも人生の分岐点はあります。
結婚をして、住まいをどうするのか、という判断。
家を買うのか、賃貸に住むのか。
元々、安いアパートで子供時代を過ごした私は、多少古ぼけた狭い家でも暮らせていける自信はありました。
ただ、家族を養うことの重み、引っ越しを繰り返すような移動の自由と、そこにかかる手間暇。
自分の家(分譲マンションの1室ですが)を持つことの夢。
住宅ローンを抱えて、マンションを買いました。
当初、ローンの金額が頭から消えず、とんでもない借金を抱えたというプレッシャーで毎晩、息苦しい思いを感じていました。
実際は、団信(だんしん)という、住宅ローンの契約者が死亡・高度障害状態になったら、残りのローンは0円になるのですが、家族にとっての安心と自分の命の話で捉えると複雑です。
もちろん、買った家に住んでいるものの、途中で売却して、他の物件に住み替えるという選択も可能ですから、完全に固定されるわけではありません。
住宅ローンを抱えても、住まいの安心を得たいという気持ちを優先しました。
これも、もし賃貸で自由に引越しをくりかしたら、どうなったのかと想像すると、後悔はしないものの、別の人生、生き方、ライフスタイルが存在していたと思います。
過去を振り返れば、別の選択肢は見えてくる。
けれども、そのときの自分は、今の自分が知っていることを知らなかった。経験も、気持ちの余裕も、置かれていた状況も違っていた。
もちろん、それで後悔が消えるわけではない。
それでも、今の知識だけで過去の自分を採点してしまうと、見落とすものがある。当時なりに考えて決めたことも、決められずに悩んでいた時間もあったはずだ。
あの頃の自分は、何を大切にして、何を恐れていたのだろう。そう考えると、後悔の見え方も少し変わってくる。
後悔は、自分が大切にしたかったことを教えてくれる
後悔していることを見つめると、自分が本当は何を望んでいたのかに気づくことがある。
挑戦しなかったことが心に残るなら、やってみたい気持ちがあったのだろう。誰かとの関係を悔やむなら、その人とのつながりを大切にしたかったのかもしれない。
決定的な後悔のエピソードはないものの、人生は何かを取捨選択した先に生きているわけで、間違った選択をしたとしても、元に戻れないことはありえます。
あちらの選択肢を選んでいたら、どんな人生があったのか。
後悔というよりは、分岐点での違う道を選んだ自分への想像みたいなものでしょうか。
ただ、この行為を繰り返して、今の自分を悔やんでしまうと、それこそ、後悔が深まります。
もはや、後悔をしても何も生まれません。
すべての後悔を「いい経験だった」と言えるわけではない。取り戻せないことも、今も整理できないこともある。
ただ、その経験を踏まえて、これからどうするかを考えることはできる。
次は、伝えたい言葉を伝える。気になることに一歩踏み出してみる。大切な人と過ごす時間を、後回しにしすぎない。
後悔した過去と、これからの選択はつながっている。そう思うようになりました。
今の私にとって「後悔のない人生」とは
中学生の頃の私は、後悔のない人生を、どこかで「正しい選択を重ねる人生」と考えていたのかもしれない。
今は、選ぶ前に結果がわからない場面がたくさんあることを知っている。十分に考えた選択でも、うまくいくとは限らない。
だから、今の私が大切にしたいのは、自分が納得できる理由で選ぶことだ。
今の選択基準は、自分が嫌なこと、無理なことは避ける年齢になりました。
人生後半に入っているだけに、遠回りをゆっくりと楽しめるかはわからないからです。
若い頃であれば、軌道修正や挽回のチャンスはいくらでもありました。
でも、今、果敢にチャレンジすることがリスクにもつながりかねません。
もちろん、成功するという可能性はありますが、危険だと捉えるリスクの選択を、あえて選ぶことは望まなくなりました。
結局、私は、自分の生きてきた人生の選択を納得しようとしているに過ぎないかもしれません。
周囲の意見を聞くことも必要だし、事情によって思うように動けないこともある。その中でも、自分は何を大切にしたいのかを確かめたい。
そして、選んだ後にも考え続けたい。うまくいかなければ、やり方を変える。考えが変わったなら、進む方向を見直す。
これからの自分には、そういう向き合い方をしてほしいと思っている。
中学生の私に、今伝えるなら
あの頃の自分に会えるなら、まず聞いてみたい。
「どうして、後悔のない人生を歩みたいと思ったの?」
その答えを聞いたうえで、今までのことを話したい。楽しかったことも、迷ったことも、うまくいかなかったことも。
そして、伝えると思う。
「後悔することはある。でも、その後も人生は続いていくよ」
自分の分岐点、選択に迷っても構わない、でも、選んだたらその道で進める限り、進んでみよう。
他人や世間と比較するのではなく、どこまでも自分の人生をどう生きるか、選択には責任が伴うということだけは忘れないで、と、中学生の自分に伝えたいです。
「後悔のない人生を歩みたい」
今も、その願いを持っていていいと思う。ただ、その言葉に込める意味は、これまでの経験を通して変わってきた。
これからも迷うだろうし、振り返って悔やむこともあるだろう。
それでも、今できることを考えて、自分で選びながら歩いていきたい。中学生の頃に書いたあの一文を、これからの自分にも問いかけながら。
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【サードプレイス】ブロガー 、安斎輝夫。長年サラリーマンとして家庭と職場だけの生活に疑問を持ち、2017年から「サードプレイス」を研究・実践し、人と人をつなぐコネクターな存在になろうと決める。
Expand your life with energy and support. というミッションを定めて、人生を一緒に拡張していける仲間を増やすために活動を展開。月1回のリアルなイベント「サードプレイス・ラボ」の運営するリーダー(主宰者)。また、6人で執筆する、週刊「仲間と一緒にワクワクしながら、大人が本当の夢を叶える!サードプレイス・メルマガ」(まぐまぐ)の編集長。Facebookページおよびグループの「サードプレイス・ラボ」も運営中。