5回連続敬遠されたことで、伝説のバッターとなった松井秀喜(1992年甲子園での出来事)

アメリカの大リーグに日本人が増えてしまったことに違和感がなくなって久しい。

優秀な選手が必ずしも活躍するわけではないものの、報酬や夢という点ではスケールが違う(その分、負担も大きいのはいうまでもないが)中で、目立つには、それなりの結果と存在感が必要になる。

ヤンキースで活躍した松井秀喜という選手を考えると、彼の原点は甲子園の5回連続敬遠という世間を騒がせた高校野球史の事件とも思える出来事にぶち当たる。

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1992年夏の甲子園大会の松井秀喜フィーバー

1992年の夏の甲子園では、星稜高校の「ゴジラ」松井は注目の的だった。規格外の身体とホームランを打つ能力は、数年前にKKコンビとしてPL学園で名を馳せた清原和博と同等か、それ以上の盛り上がりを見せていた。

もしかしたら、松井秀喜キャプテンが率いる、星稜高校が北陸に優勝旗を持ち帰るのではないかと期待感も抱かせたし、あのホームランを見ると、ワクワクさせられた人は多かったに違いない。

ルックスでは、「ゴジラ」と言われるほどの厳つさを放っている点は、アイドル的な扱いの過去のスター選手とは少し趣が違っていたことは強烈に覚えている。

5回連続敬遠されたことで、伝説のバッターとなった松井秀喜

高校通算60本塁打(ランニングホームランを含まず)を放ち、秋の国体では優勝を飾った、石川家代表・星稜高校の松井秀喜を擁して、彼らは、優勝を狙っていたのは間違いない。

山下監督、エースの山口や他の選手にインタビューを続けた中村計が書いた『甲子園が割れた日 松井秀喜5連続敬遠の真実』が第18回水のスポーツライター賞を受賞した一冊を、今更ながら読んでみました。

あの当時の松井秀喜は五回敬遠する価値のあるバッターではなかったと思っているんですよ。勝負しててもね、打ったか、打たないか、わからないですからね。松井秀喜は五回敬遠されたことで伝説のバッターになってしまったんです。甲子園ではね。

テレビのインタビューで語った、この言葉に、共感を覚えます。

決して、松井秀喜が当時、相手に頼んだわけでも、星稜高校の山下監督が脅したわけでもなく、明徳義塾高校の馬淵史郎監督、投手の河野和洋などが、当時、甲子園で勝つために、何をしたのか、どんな作戦、行動だったのかを振り返るのは、あれほど世間が騒いだ事件を掘り下げた一冊を読みながら、当時を思い出してみました。

高校野球で、真剣勝負をしないで、松井を敬遠するという作戦で勝とうと決めた、馬淵監督の作戦は、冷徹ではなく、現実的なものだったと今の私は理解できます。

ただ、あの甲子園での空気感は、勝負をしない卑怯なチームと、バットを振らせてもらえない話題のあるホームランバッターとの駆け引きを、感情的に反発する人が多かったのは事実。

でも、松井が語った通り、もし、勝負したからといって、連続ホームランを打ったかどうかはわからないのであって、あの試合こそが、彼に伝説を作ったのは事実です。

ジャイアンツの4番として、ヤンキースでワールドシリーズMVPに輝いて

結果として、彼は、ドラフトで読売ジャイアンツに指名され、長嶋茂雄監督の指導のもと、代打者へと邁進していき、大リーグのヤンキースに移籍して活躍を続けることになります。

その過程で、彼が努力をし、技術を身につけ、勝負に勝ってきたことは事実です。

でも、あの5連続敬遠がなければ、彼の伝説の始まりは、もっと薄いものになっていたと思えます。

打たなかったのではなく、打たせてもらえなかったこと。

自分の後続打者にプレッシャーがかかり、チャンスを逃して、試合に負けたというのは事実。

あの伝説の始まりがなければ、その後の松井秀喜というスラッガーの物語も生まれなかったのではないかと、私は考えてしまいます。

あの夏、私は受験生になりきれず、テレビで試合を見ていた

1992年の夏の甲子園では、星稜高校の「ゴジラ」松井は注目の的でした。

私は、松井と同い年ですが、春には陸上部のインターハイ予選の都大会で敗北し、青春は方向展開して、進学と未来を考えていた時に、テレビで甲子園の試合を見ていたので、全力で受験生になりきれていなかったのだと思います。

あんてる
能力が違うんだろうけど、彼らは、まだ真夏の甲子園で青春をしているなーと。負けたら終わりの戦いに全力で向き合っている。俺は、受験に向けて、エアコンの効いた場所で勉強をする存在に過ぎないのに。

実際にテレビで見ていても、あの敬遠のシーンは、球場もざわついていたのを記憶しています。

勝負にこだわる作戦としては理解しながら、表情を変えずに、試合で戦う彼の姿は、18歳の高校生とは思えませんでした。

この男は、これから、スターになって活躍する存在になるのは間違いないだろう。

自分は一体、どうなっていくんだろうか、と考えたことを思い出しました。

あの試合は、当事者の人生を変えたかもしれないが、見ていた側を変えてはいない

『甲子園が割れた日 松井秀喜5連続敬遠の真実』を読み込むと、決して、松井秀喜だけに焦点を当てていない。

彼と星稜のチームメンバー、明徳義塾の選手たち、それぞれに話を聞き、当時のことを振り返り、パーツを集めていく構成。

だからこそ、松井秀喜の存在も浮き上がり、選手としての晩年を迎えていた彼と、その周囲の人たちの人生にも触れつつ、高校野球とは何か、甲子園とは何か、勝負の世界の駆け引きとは何か。

そんなことを考えさせられるものでした。

結局、見ていたい側は、甲子園であれ、テレビであれ、傍観者に過ぎず、記憶の彼方に消えても人生に影響はさほど与えられていません。

高校野球史の1ページに残るエピソードであり、スポーツマンシップとは何か、勝負・勝利とは何か、などを誰もの胸に残っていれば、それだけで十分なのではないかと。

ただ、あの試合、あの事件は、関係者の人生に対して、少なからずインパクトを残しており、30年以上経過した今でも、情景を思い浮かべることはできます。

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投稿者プロフィール

安斎 輝夫
【サードプレイス】ブロガー 、安斎輝夫。長年サラリーマンとして家庭と職場だけの生活に疑問を持ち、2017年から「サードプレイス」を研究・実践し、人と人をつなぐコネクターな存在になろうと決める。
Expand your life with energy and support. というミッションを定めて、人生を一緒に拡張していける仲間を増やすために活動を展開。月1回のリアルなイベント「サードプレイス・ラボ」の運営するリーダー(主宰者)。また、6人で執筆する、週刊「仲間と一緒にワクワクしながら、大人が本当の夢を叶える!サードプレイス・メルマガ」(まぐまぐ)の編集長。Facebookページおよびグループの「サードプレイス・ラボ」も運営中。