「中止」という判断・決断は人を幸せな気持ちにするのか

楽しみにしていたイベントが中止になる。

公開を待っていた映画が、何らかの事情で上映されなくなる。

長い時間をかけて準備してきた大会が、本番を迎えることなく終わってしまう。

私たちは、ときどき「中止」という判断に直面します。

安全上の問題、天候不良、出演者や主催者の事情、社会的な批判、予算不足、感染症の拡大など、中止に至る理由はさまざまです。大きなリスクや問題を避けるためには、開催を強行するのではなく、中止を選ぶことが必要な場合もあります。

しかし、中止という判断によって問題を回避できたとしても、それですべてが解決したとは限りません。

準備に費やした時間や労力、本番に向けて高まっていた期待、その場で生まれるはずだった出会いや感動。中止によって失われるものは、私たちが想像する以上に大きいのではないでしょうか。

お知らせ

毎週火曜日発行のサードプレイス・メルマガ(まぐまぐ)月額800円(税抜)

【週刊】サードプレイス・メルマガ 登録は こちら >>

オフライン・オンラインで色々な人に会って、一緒に学べる場です。
定期参加も、スポット参加も歓迎します

毎月開催【サードプレイス・ラボ】の詳細は こちら>>

「中止」は必要でも、それだけでは終われない

最初に私の考えを述べると、中止という判断が必要な場面は確かにあります。ただし、判断の合理性だけを説明して終わるのではなく、中止によって失われたものに目を向け、関係者や当事者の気持ちを受け止める対応が必要です。

中止によって守られるものがあります。

一方で、中止によって失われるものもあります。

この両方を考えなければ、「適切な判断だった」という説明だけでは、当事者のショックや喪失感を埋められません

中止という言葉は、わずか二文字です。

しかし、その二文字の背後には、多くの人が費やした時間、労力、期待、思い、そして人間関係があります。だからこそ、中止を決める側には、決断そのものだけでなく、その後の対応まで含めた責任があるのだと思います。

本番を失うことは、成果を発表する機会を失うこと

大会やイベントは、開催当日だけで成り立っているわけではありません。

スポーツ大会であれば、選手は何か月も前から練習を重ねます。体調を整え、生活のリズムを調整し、ときには仕事や学業とのバランスを取りながら、本番に照準を合わせていきます。

音楽や演劇の公演であれば、出演者は稽古を重ね、スタッフは会場を押さえ、舞台装置や照明、音響を準備します。地域のイベントであれば、主催者やボランティアが何度も打ち合わせを行い、広報や受付、当日の導線まで考えます。

本番は、それまで積み重ねてきた努力を形にする時間です。

ところが中止になれば、その成果を発表する機会が突然失われます。

もちろん、練習や準備の過程で身についたものまで消えてしまうわけではありません。「経験は無駄にならない」という言葉も、そのとおりでしょう。

しかし、本番があるからこそ、人は苦しい準備を乗り越えられることがあります。

その本番を失った人に対して、すぐに「努力は無駄ではなかった」「次がある」と伝えても、気持ちが追いつかないことがあります。頭では理解できても、心では受け入れられないのです。

中止によって失われるのは、イベントの一日だけではありません。その日に向けて積み重ねてきた時間の意味まで、揺らいでしまうことがあるのです。

楽しみにしていた人も、大切な何かを失っている

失うのは、準備をしてきた主催者や出演者、選手だけではありません。

映画の公開を楽しみにしていた人、コンサートのチケットを手に入れて待っていた人、家族や仲間の応援に行く予定だった人、久しぶりの再会を期待していた人も、それぞれの楽しみを失います。

映画一本、イベント一回が中止になっただけと思う人もいるでしょう。

しかし、誰かにとっては、その予定を励みに日々を過ごしていたかもしれません。仕事や介護、子育てなどで忙しいなか、ようやく確保した自分のための時間だったかもしれません。

大会やイベントは、単なる娯楽ではありません。

そこには、日常から少し離れて気分を切り替える役割があります。人と会い、同じものを見て、同じ時間を共有することで得られる喜びもあります。

特にサードプレイスという視点で考えると、イベントや集まりは、家庭や職場とは異なる人間関係を育てる場所でもあります。

参加することで新しい人と出会う。

普段とは違う自分を表現する。

共通の興味を持つ人と盛り上がる。

そこから次の行動や企画が生まれる。

中止によって失われるのは、その日のプログラムだけではありません。本来なら生まれるはずだった出会いや対話、偶然のきっかけまで失われる可能性があります。

中止には、目に見える損失だけでなく、「生まれるはずだった未来」を失うという側面があるのです。

正しい判断が、人を幸せにするとは限らない

中止の判断は、二つの視点に分けて考える必要があります。

一つは「判断として正しいか」。

もう一つは「関係者が納得できるか」です。

たとえば、大雨や台風が迫るなかでイベントを開催すれば、参加者やスタッフを危険にさらす可能性があります。この場合、中止は合理的であり、安全を最優先にした正しい判断でしょう。

それでも、中止を知らされた人が幸せな気持ちになるわけではありません。

「安全のためだから仕方がない」と理解しながらも、残念、悔しい、悲しいという感情は残ります。

正しい判断と、人の感情は別のものです。

主催者が「ルールに沿って決めました」「安全を優先しました」と説明するだけでは、当事者の気持ちが置き去りになることがあります。

だからこそ必要なのは、正当性の説明だけではありません。

準備してくれた人への感謝。

楽しみにしていた人への謝意。

悔しさや喪失感への共感。

中止後の代替案や再挑戦の機会。

こうした対応があって初めて、中止という決断が人に受け入れられるのではないでしょうか。

「中止した後」に何ができるのか

中止による喪失を完全になくすことはできません。

しかし、喪失を小さくしたり、新しい意味につなげたりすることはできます。

たとえば、延期や規模縮小、オンライン開催への変更が可能かを検討する。準備の過程や成果を動画、写真、文章などで公開する。出演者や参加予定者が交流できる別の場をつくる。次回の開催時に優先的に参加できる仕組みを用意する。

すべてを代替できなくても、「ここまで準備してきたことを、なかったことにしない」という姿勢は示せます。

また、中止の理由を伝える際には、結論だけを一方的に通知するのではなく、どのような検討を行い、何を守るために決断したのかを丁寧に説明する必要があります。

そして何より大切なのは、当事者の悲しみや悔しさを、正論で急いで消そうとしないことです。

「仕方がない」

「安全が第一だから」

「また次がある」

これらは間違った言葉ではありません。しかし、中止を受け止めきれていない人にとっては、自分の努力や期待を軽く扱われたように感じる場合があります。

まずは、「ここまで準備してきたのに残念ですね」「楽しみにしていた分、つらいですよね」と、失われたものの大きさを認める。そのうえで、次に何ができるのかを一緒に考える。

この順番が大切なのだと思います。

中止は「何もしない」という決断ではない

中止とは、開催しないことを決めるだけではありません。

誰かの安全を守ると同時に、誰かの期待や努力を途中で止める決断でもあります。

だからこそ、中止を決めた時点で主催者の役割が終わるのではなく、むしろそこから新しい役割が始まります。

失われた時間や期待に、どう向き合うのか。

準備してきた人の努力を、どう残すのか。

参加を楽しみにしていた人との関係を、どうつなぎ直すのか。

生まれるはずだった交流や機会を、別の形でつくれないか。

中止という判断そのものが、人を幸せな気持ちにすることは少ないでしょう。しかし、問題やリスクから人を守り、その後の対応によって信頼を守ることはできます。

必要な中止はあります。

ただし、「必要だったのだから仕方がない」で終わらせてはいけません。

中止によって守られたものと、失われたもの。その両方に目を向けることが大切です。

そして、失われたものを少しでも取り戻し、次の機会へつなげるところまで考える。

そこまで含めて初めて、中止は単なる断念ではなく、人と未来を守るための決断になるのではないでしょうか。

あわせて読みたいブログ記事

◾️ あの夏(2020年)に正解ってものはあったのか?高校球児の夢の舞台:甲子園大会中止という出来事

『ザ・ロイヤルファミリー』を書いた早見和真氏は、強豪校の高校球児であり、補欠・控えだたったという過去を持つそうです。そんな思いをデビ...

◾️ 熱中症対策のために、夏フェスや花火大会や夏祭りも見直すべきなのか?

毎日、気温が異常なまでに高いので、屋外の夏イベントは中止にするという話はありえるのか? 人間の体温より暑い毎日が続き、熱中症で救急搬送...

◾️ ゴールに向かってひた走る?状況に応じて変化する?どちらを選ぶか?

キャリアや人生を考える上で、自分がどんな道を歩むのか、若者を中心に悩むでしょう。 単純にやりたいこと、好きなこと、得意なこと、だけで選択す...

毎月開催【サードプレイス・ラボ】

サードプレイス・ラボでは定期的にイベントを開催しております。

★イベント情報★は >>こちら(随時更新)

ご都合が合えば、是非、ご参加いただけると嬉しいです。

関連ブログ記事

[各種SNS]サードプレイス・ラボ

サードプレイス・ラボは各種SNSで情報発信をしております。

是非、フォローやコメント、グループへの参加をお待ちしております。

[週刊]サードプレイス・メルマガ

仲間と一緒にワクワクしながら、大人が本当の夢を叶える!サードプレイス・メルマガ

「まぐまぐ」毎週火曜日発行 月額:800円(税別)※初月無料です!

仲間と一緒に執筆している週刊メルマガです。

メルマガの詳細は こちら をご一読ください。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

【サードプレイス】ブログへのご意見・ご要望・ご相談、ご依頼などは下記まで

 お問い合わせはこちら

投稿者プロフィール

安斎 輝夫
【サードプレイス】ブロガー 、安斎輝夫。長年サラリーマンとして家庭と職場だけの生活に疑問を持ち、2017年から「サードプレイス」を研究・実践し、人と人をつなぐコネクターな存在になろうと決める。
Expand your life with energy and support. というミッションを定めて、人生を一緒に拡張していける仲間を増やすために活動を展開。月1回のリアルなイベント「サードプレイス・ラボ」の運営するリーダー(主宰者)。また、6人で執筆する、週刊「仲間と一緒にワクワクしながら、大人が本当の夢を叶える!サードプレイス・メルマガ」(まぐまぐ)の編集長。Facebookページおよびグループの「サードプレイス・ラボ」も運営中。