ちきりんさんの『自分の時間を取り戻そう』は良書!オススメです

全部やらなくていいと言われたら

先日、私のメンターである、徳本昌大さんから「安斎さんは完璧主義すぎる」と指摘をされました。この言葉を私自身の中で、しばらく熟成させながら考えてみました。

a.「私は完璧主義者だ」
b.「私は適当OK人間だ」
c.「どちらでもない」(完璧主義者でもないし、適当OK人間でもない)
d.「どちらも正しい」(完璧主義者の時もあれば、適当OK人間の時もある)

この4択を作ってみました。
まず、a.「私は完璧主義者だ」が正しいのか、自分を見つめてみます。答えは、あっさりNo!です。自分自身が不完全なことはわかっているし、全てのことにおいて、パーフェクトを目指していません。今よりも、前回よりも、少しは進化・進歩していたいという考え方の持ち主です。要するに、「私は不完全を許容するが、少しでもベターを選択したい人」のレベルです。

では、b.「私は適当OK人間だ」はどうでしょうか。芸能人の高田純次のようなキャラクターでしょうか。こちらも違います。ある程度、良識のある範囲で物事をこなして、適当すぎることは信頼を失うことを理解しています。ただ、あまり、真剣に考えすぎる時に、もう一人の自分が、「ほどほどでいいでしょ」と語りかけてくるイメージがあるので、aの傾向に陥らないように、自ら、bを認めているとも感じます。

次に考えるc.「どちらでもない」(完璧主義者でもないし、適当OK人間でもない)
d.「どちらも正しい」(完璧主義者の時もあれば、適当OK人間の時もある)の2択は、実は近いことを意味しています。ただ、cは選択肢侍史の否定であり、dは選択肢のバランスを取っています。もしくは、dこそ許容の極みで、人間理解が進んでいるというのが正しい見方かもしれません。

結果として、私自身が自分を見つめた答えは、d.「どちらも正しい」(完璧主義者の時もあれば、適当OK人間の時もある)になりました。

ここで大事になるのは、自分自身に対して、というポイントです。これが他者である他人に対してどう考えるかが、カギを握るポイントのように思えます。

「相手は完璧主義者だ」とすれば、息が詰まります。「相手は適当OK人間だ」とすれば、優しくはありますが一緒に何かをすると困ります。たとえば、待ち合わせや納期などの約束を一切守らないとしたら、関係は切れるでしょう。つまり、他者である他人に対してもd.「どちらも正しい」(完璧主義者の時もあれば、適当OK人間の時もある)と思えるかどうかが、自分自身のストレスと関わる重要な要素だと発見しました。

この相手に対して、求める回答や方向がぶれてきて、自分自身へ影響が出てくれば、出てくるほど、私は、イライラしてきます。1件であれば、やり過ごせることも、2件、3件と増えてくると、我慢がつらくなります。大体、このタイミングで、a.「私は完璧主義者だ」< b.「私は適当OK人間だ」となってきて、プランが崩壊し始めます。こうなると箍が外れて、一気に崩れていきます。

最終的には、イライラは対人関係に、自分の弱い部分へ影響を及ぼして、自己嫌悪に繋がります。こうなると、作りかけていた良い習慣すら、自ら壊して、悪い習慣に戻っていくというのがパターン化していきます。

ここで大事なことは、1つ1つの事象をどう受け止めて、アクションをするのが良いのかであり、全てが私とい個人の中で連動すると、ブレーキが効かなくなる点にあります。全てをバラバラに考えていれば良いのです。ただ、私も含めた一般人は、スパイラルに落ち込むと、一定の流れを止めることができないのです。

この部分を「完璧主義」と言われてみれば、納得できます。1つ1つは成功も、失敗も、想定内も、想定外も起こるものです。たまたま、複数のことがうまくいかないとしても、全てが崩れるわけではないのです。心が、うまくいかないことに囚われてしまうと、様々なことが自分の中で紐づいて連結してしまうのは、良くありません。

これを仕事という場面で想定してみるとどうなるのでしょうか

“誰でも「重要な仕事からやるべきだ」「重要な仕事により多くの時間を使うべきだ」とアタマではわかっています。でも実際にそうするのは難しい。その「難しいけれど正しい方法」を実践するために役立つのが、最初から「すべての仕事を終わらせる必要はない」と考えることなのです。”

社会派ブロガーのちきりんさんの最新刊自分の時間を取り戻そう―――ゆとりも成功も手に入れられるたった1つの考え方は、良書の中で、ヒットした言葉です。

仕事に際しても、やるべきタスクを多く抱えて、重要な案件を複数持ちながら、業務上や人間関係等を含めたトラブルに関わっていたら、疲弊してきます。どれから、取り組んで片付けていくべきなのか。ここを考えていくだけでも、気が滅入るでしょう。現実として、楽なルーティンにだけ意識を向け過ぎていないでしょうか。結果として、重要な仕事を後回しにしてしまうと、蓄積された重要な仕事は、緊急性が増してきて、余計にリスクが高まります。結果として、仕事は終わらず、時間、コスト、人員などを大量に投入しなければいけなくなります。

「すべての仕事を終わらせる必要はない」という割り切った脱・完璧主義者的な発想は、働く個人の生産性を高めてくれるのは間違いありません。もちろん、終わらせる仕事の質、納期などはパーフェクトに近いものとすることは前提になることを忘れてはいけません。

ちきりんさんの自分の時間を取り戻そう―――ゆとりも成功も手に入れられるたった1つの考え方は、切り口も大変良い一冊なので、引き続き、ブログ記事に展開していきます。